2008/7/28 - 2010/7/11
Pen Jr.このサイトについてPen Jr. のこと
パソピア
1981年。初代機。CPUにZ-80A・RAM64KB・BASIC-ROM32KB・VRAM16KBを搭載、グラフィックはノーマルグラフィックモード(160x100ドット・ドット毎に8色指定可能)と、ファイングラフィックモード(640x200ドット・アトリビュートキャラクタによる8x8ドット単位で8色指定)の2モードが使用できた。サウンドは単音ビープ(ただし、音階と音長指定は可能)であった。このスペックは、当時のヒット機・NEC PC-8001よりも上だが、後発としてはインパクトに欠けるきらいがあった。また、VRAM操作がバンク切り替えでもI/O空間へのマッピングでもない変則的な実装(VRAM上の行列アドレスを数バイトのI/Oウィンドウ経由で指定しアクセスする)であり、ハード仕様のドキュメントも公開されていなかったため扱いにくかった。それゆえにリアルタイム系ゲームがなかなか登場せず、後年、活用本でハード仕様が明らかとなり、ファイングラフィックモードで縦方向のドット単位色指定などの技法が公開されたものの、遅きに失した。その結果最後まで人気は出ず、典型的マイナー機として終わることとなった。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

初めて触った(買った) PC は確かにこいつです。

なぜこんなマイナー機を購入したかというと、当時怪しげな営業をしていたおいらの同僚の顧客に電気屋さんがいて、そこで何か(というより、この "パソピア" 指定だったと思います)買うと怪しげな契約が成立しそうということだったと思います。何となく「パソコンとやら」に興味があったし、その同僚も結構かわいい子だったので魚心あれば何とやらの下心もあり・・・

Z-80A・RAM64KB・BASIC-ROM32KB・VRAM16KB というスペックを見て、今日日の PC しか知らない人たちはどう思うのだろう?

本体はキーボードと一体でインターフェイスはいろいろついていたと思いますが、今では数百円で買える FDドライブが数十万の高嶺の花でしたから当然手は出ず、PC 用としては結構贅沢なソニーのカラーモニター(10インチ程度?)と、やたらうるさい当然モノクルのドットプリンターのセットで軽く30万コースだったと思います。

それで何が出来たかというと、"BASIC" のみ。

エディターなどと呼べるようなものもなく、書いたプログラムの保存もカセットテープという、恐ろしく手間のがかかるわりにたいした見返りもないことに一時かなり熱中していた覚えはあります。

マイナー機種の定めなのか、情報も無く、確かどこかで仕入れた mon という面白げなコマンドを全く受け付けてもらえなかったことに絶望したことは良く憶えています。

元々飽きっぽい性格ですから、それほど長いつきあいをしたわけでもなく、これをきっかけに PC マニアの道に進んだわけでもありませんが、「プログラムは面白い」ということだけは頭にインプットされました。

ゲーム屋さん
何故か突然 "身になる仕事" をしようと思い立ち、就いた仕事は "企画・開発・制作" を謳い文句とする小さいゲーム屋さんの雑用アルバイトという不思議な行動。

ここでの話は長くなり過ぎるので省略しますが、約7~8年開発とやらに携わりそこそこの実績(外から見れば)もあったのですが、そもそもこの会社は好きでしたがゲーム開発はいまいち好きになれず、また、相変わらずプログラムは面白いと思っていましたが、職業にするには基礎学力の欠落が大きな障害になることも自覚していましたから、後にも先にもコンピューター関係の仕事はここだけです。

ネットワークの構築には当時かなりの投資が必要で、なにしろ開発チーム内ですらフロッピーディスクでやり取りしていましたから、「何とかしよう」という考えがあるだけで結局その知識や経験を得るには至りませんでした(故に、ネットワークなどに関してはド素人のまま)が、基本的なことは超高速・大容量に進化しただけで、20年近く前に得たことが今でも結構通用するのですが素直には喜べません。

印象深いのは、当時開発ツールの主役だった ICE(In Circuit Emulator) というデバッグツールで、特に"Z80"用のやつは CPU が低速・低機能だったせいか "超優秀ツール" が多くあり、もちろん最近のツールより機能数は少ないでしょうが、デバッグに最も重要な "ブレイクとトレース" に関してはかなり凝った設定が可能で、"虫探し&退治" の作業を結構楽しんでいた記憶があります。

デバッグツールの進化は同時進行する必要があるのでしょうが、当時 CPU が 68000 になっただけで "超優秀ツール" には出会いづらくなっていたと思います。

PC歴
ゲーム屋さんを逃げ出してから、親父(ニックネーム:Pen)から PC を仕事で使いたいという要望があるまで5~6年でしょうか、その間キーボード操作をした総時間は電気屋さんのデモ機を含めても5分以内。

そして、選んだ PC が何故かまた東芝で BREZZA とかいうやつ。"PC/AT互換機" ということが選択理由だったと思います。

Windows95 とやらを触ってみて「何だよ、MS-DOS じゃん」と思ったことと、Visual Basic とやらがどんなもんだか覗いてみた(試用版は制約が多くて使い物ならず)程度で、およそ3~4年、親父から「調子が悪いから見てくれ」と頼まれるまで全く触れることもなかったので BREZZA の選択が正しかったは判断出来ません。

親父からの依頼も「おそらくもうそんなに長くない」というような自己宣告後に入院する時のことでしたから、大改造も無問題。そしてほとんど宣告通りで、モニター以外は別物になりインターネットへの接続も完了し、OS も最新(WindowsXP)になった PC をその主が触ることが出来たのはほんの短い期間でしたから、おいらの PC歴 はこの辺からの7~8年ということになるでしょう。

また、この7~8年はかなり濃厚で、優先順位は今も最高レベル(本業より上)です。

本業
コンピューター関連のスキルは不要です。今のところ「何の役にも立たない」と言い切ってしまっても問題ない職業です。

ゲーム屋さんも逃走後ほぼ完全に縁が切れていますから、コンピューター関連の情報を得るための交友関係は元々あるものを含めても皆無。さらに、基礎知識も偏っている上、一般的基礎学力も大きく欠落していますから、現在のスキルが異常に偏ったものであることは容易に想像出来ますが、その修正をする手段も知りません。

E-Mail : open@pen-jr.org

ご意見やご指摘は大歓迎ですが、質問など返信は期待しないでください

pen jr.
News&Days
はじめてのブログ選び